ことですの、それは」
「つまり、より[#「より」に傍点]を戻そうというのだ――なあ高音、おれは、お前に会いたかったよ」
お高は、眼を伏せた。肩が、大きく浪《なみ》を打っていた。磯五は、そのようすを見て、ひそかにほほえんだようだった。
「高音――」と、彼は、声を沈めて、いざりよった。お高も、男のほうへ、一、二寸引かれたようだった。
「なあ、またいっしょに住もうじゃないか。これだけの大店《おおだな》が、みんなお前のものなんだ。おれも、昔のままのおれではないつもりだ。な、高音、もとどおり、おれんとこへ帰って来てくれよ」
猫《ねこ》のような磯五の声が、お高の耳に熱く感じられた。お高は、思わず、彼の膝へ手を置こうとしていた。
廊下にあし音がして、小僧が顔を出した。問屋の使いが、至急の用で、ちょっと会いたいといって待っているというのだ。磯五は、すぐ帰ってくるとお高にいって、あたふたと部屋を出て行った。
ひとりになると、お高のこころは、また金剛寺坂へ飛んでいた。惣七のことが、すう[#「すう」に傍点]と入れかわりに、彼女のあたまを占めだした。
そのとき、音もなく縁から人がはいって来た。金のか
前へ
次へ
全552ページ中66ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング