で、いろんな人間にもまれて、ちっとは変わったつもりだが――おい、久しぶりに会ったんだ。あんまりうれしくねえこともないだろう。そういやな顔をするなよ」
「知りませんよ。ちっともうれしくありませんよ」
「御あいさつだな。おめえ何か、あの御家人くずれのめくら野郎に、惚《ほ》れているんじゃああるめえな」
「何という下素《げす》なもののいい方です。ちっとも昔と変わっていないじゃありませんか」
「そうかな。これでも、酒だけはよしたよ」
「あら、お酒を? まあ、どうしてよしたの」
 お高はあれだけよせなかった酒をよしたと聞くと、ちょっと世話らしい興味が動いて、思わずきいた。
「大病をしてなあ。死ぬか生きるかだった」
「どこで?」
「泉州《せんしゅう》の堺《さかい》だったよ」
「まあ――」
 ちょっと、しんみりした空気のまま、またしばらく黙って歩いた。磯五が、いった。
「あいつ恐ろしくがまんづよい奴じゃないか。見上げたもんだぜ」
 駕籠の中から、甲高《かんだか》い声が、走り出た。
「若松屋さんのことなら、もう何にもいわないでください――」
 磯五は、声をたてて笑った。

      六

 日本ばしの
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