お高のあいだには、夫婦としての共通の理解も感情もあろう。それに、お高のこころは、事実、磯五に傾いている。自分はひっきょう用のない第三者なのだ。そう思うと、磯五の売った喧嘩を買って出る勇気もないほど、はやさびしい気もちに打ちのめされていたのかもしれない。
むっと、土のにおいのする陽《ひ》ざしだ。
濃い影を地面におとして、お高の乗った駕籠は、上水とお槍組《やりぐみ》のなまこ塀《べい》のあいだを、水戸《みと》様のお屋敷のほうへ下《くだ》って行った。磯五が、顔を光らせて、駕籠のそばにぶらぶらついて行った。ふところ手をして、黙りこんでいた。
お高も、駕籠に揺られながら、黙って、頭は、いま残して出て来た若松屋惣七のことを考えていた。あんなに打たれて、何ともないかしら? なぜあの方は、立ちむかおうとなされなかったのだろう? 悪いお眼が、いっそうわるくならなければよいが――自分のことを、いったい何と考えていられるであろう?
「高音、しばらく見ぬうちに、おそろしく容子《ようす》がよくなったじゃないか」
駕籠のそとから、磯五がいっていた。お高は、答えなかった。
「おれもまあ、上方《かみがた》のほう
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