い。一つどうんと惣七を蹴倒《けたお》しておいて、お高を促して部屋を出ようとした。
お高は、泣いて、惣七に取りすがっていた。
「旦那さま、ああいう乱暴者でございます。わたくしのことから、とんだめにおあわせ申して――何か話があるから、店へ来るようにとか申しております。ちょっと行って参ります」
「ああ行きなさい」若松屋惣七は、何ごともなかったように、けろりとしていた。「もう帰って来んでもよい。もちろん、帰ってこんだろうが、帰って来ないでも、わたしは困らぬというのだ。安心して、磯屋さんのいうとおり、またいっしょになれるものなら、いっしょになったがよかろう」
「いいえ。そんなそんな悲しいことをおっしゃらずに――お高は、きっと帰って参ります。おそくとも、必ず夕方までに帰って参ります」
そういって、お高は、磯五の待たしてあった駕籠《かご》に乗せられて、金剛寺坂の家を出たのだった。若松屋惣七は、つるりと顔をなでて、すわったまんまだった。若松屋惣七は、へんないきさつから、長いあいだの夫婦喧嘩《ふうふげんか》に飛びこんだようなもので、要するに、自分には何の関係もないことなのだ。
何といっても、磯五と
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