惣七は蒼《あお》い顔を笑わせた。
「ははは、何のことかと思えば――すてた女房に出会った照れかくしに、話しあいで旅に出たのだの、江戸へ帰ってからさがしておったことのと、調法な口をならべるばかりか、今また、あはははは磯屋さん、あんまり笑わせないでください」
「それでは、いっさいひょんな関係《かかりあい》はないとおっしゃるので――?」
「御冗談を。このお高は、ただいま手前が女房同様にしている女でございます」
平然といってのけると、若松屋惣七は、証文を持った手を引いて、びり、びり、と細かく破り出した。
磯五も、平気で起ち上がっていた。二、三歩、惣七のまえへ進んだ。
「若松屋さん、間男《まおとこ》の成敗だ。ちっと痛かろうが、がまんしていただきましょう」
いきなり、拳《こぶし》を振り上げて、若松屋惣七の横面を打った。あっと叫んで、狂気のようになったお高が、ふたりのあいだにころがりこんだ。
「何をなさいます! 旦那さまは、どんなにわたしにお情けぶかくしてくださいましたことか、そのお礼も申し上げずに、お眼の不自由な旦那様を、ぶつとは何事です!」
「他人《ひと》の女房にやたらになさけぶかくされて耐
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