のみか、公儀のほうもむつかしい仕儀になって、かえって事態を悪化させるばかりである。
それよりは、相手も商人、こっちも商人、それなら、いっそのこと商道で争ってやろう。剣のかわりに算盤《そろばん》で渡りあうのだ。刀を小判に代えて、斬り結ぶのだ。そうだ、面白い。こいつを向こうにまわして、知恵を削《けず》ろう。掛け引きでいこう。若松屋が倒れるか、磯五の屋根にぺんぺん草がはえるか――これは、われながら大芝居になりそうである。
と気がつくと、若松屋惣七は、即座に顔いろをやわらげていた。
磯五がいっていた。
「おわかりくださいましたか」
惣七は、上を向いて笑った。
「いや、よくわかりました」と彼は、こともなげにつづけて、
「それはそうと磯屋さん、そんなら、この二百五十金は、まあ、棒引きでございましょうな」
磯屋も、にっこりした。
「申すまでもござりませぬ。手前のほうからいい出して、それはまあ、すっぱりと、なかったことにしようと考えておりましたところで――これに、証文がござります。焼くなり破るなり、どうぞ御随意に――」
磯五は、ふところを探って取り出した一札を、若松屋惣七のほうへ押しやった
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