のなかに、麻布十番の高音という口があると知りまして、それは大変だ、それこそわたしが、神信心までしてさがしている女房なのだ、というわけで、さっきも申しましたとおり、その取り立ての取り消しに、こうして駈けつけてまいりましたようなわけで――ところが、そのこちら様に、当の高音が御厄介になっておろうとは、いやどうも、近ごろ不思議なまわり合わせでございましたな」
長ながと弁じ立てながら、この、あとのほうの、当の高音がこちら様に御厄介というところに、ちょっといや味を持たせて、それとなく探るように、惣七を見ていた眼を、ちらっとお高へ走らせた。
惣七は、石になったように動かなかった。
「ほかにも、取り立ての御依頼があるとのおことばだが、近ごろお店からまいっているのは、この一件だけです」
「ははあ。それなら、今明日中にでも、続々お願いしてまいることと存じます。その節は、どうぞよろしく」
「いや。手前のほうこそ」
と、さりげなく応対しながら、若松屋惣七は、あたまのなかで考えていた。いま、たとえこの男を、刀にかけてぶった[#「ぶった」に傍点]斬《ぎ》ってみたところで、面白おかしくもない。野暮の骨頂である
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