た磯屋の財産は」
「出したところへ返るのじゃ。拝領町屋の雑賀屋とやら申したな」
「恐れ入りましてございます」
「貴様にも似合わん。きょうはよく恐れ入る日じゃな。いや、法を用いずして、よく法を達してくれた。四方八方、届いた計らいじゃ。近ごろの会心事、礼をいうぞ」
忠相は、そのまますっとたち上がると、そっと裾《すそ》をけるように歩いて、廊下づたいに奥へはいってしまった。伊吹大作が、あわててつづいた。木場の甚は、敷居をなめそうにひれ伏していて、主従の去ったのも知らないようすだ。雪白の髷《まげ》が、鶺鴒《せきれい》の尾のように、こまかくふるえていた。そうしたまま、いつまでもうごかないのだ。
これより以前に、若松屋惣七は、東海道の旅をつづけて、掛川宿に着いていた。小田原、府中、まりこ、岡部、ふじ枝、島田、大井川を渡って、そこからまた駕籠《かご》、かなや、日坂、で、掛川である。太田摂津守五万三十七石の城下で、江戸から五十五里あまりだ。一本路の大通りだ。脇本陣具足屋は町の中ほど、眼抜きの場処にあるのだ。
若松屋惣七の駕籠が広い間口のまえにおりると陽がかんかん照って通行人がぞろぞろ歩いて犬が走っ
前へ
次へ
全552ページ中530ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング