ないのでござります。
 まあ、これは、手前の内輪のはなしになりますが、わたしが、お城づとめをひいてまもなく、もうけ話があって京阪《かみがた》のほうへ参りますとき、そのうち帰って来て楽をさせてやるからといいのこして出ましたのに、その後、何度手紙を出しても返事もよこさず、先ごろ、どうやら芽が吹いて江戸へかえりますと、すぐその足で麻布の家へたずねて行きましたところが、高音はとうに家出して行方知れずになっているとのことで、じつは、どうして捜し出したものかと、途方にくれておりましたところでございます」
「いえ、それは」とお高がはじめて口をはさんだ。膝でたたみをきざんで、なじるように詰め寄った。「いいえ、それではまるでお話が違います」
「まあ、いい」
 若松屋惣七は、手で制した。
「磯屋さんの言い分を、ひととおり伺いましょう」

      三

「でございますから、何もわたしは、知らん顔をして、現在じぶんの女房となっている女から、二百や三百の金をやいやい[#「やいやい」に傍点]取り立てようとしたのではございません。何だか、人情しらずのやつとお考えのようですが、決してそういうわけではないので、はじ
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