はいった。
「わかりませぬな」
磯五とお高が、同時に惣七を見た。
「すると何ですか、磯屋さんは、お店からわたしに、高音さんのほうの取り立てがまわってきているということを、御存じなかったというんですね。それが、わたしにはわからない」
「いえ、ごもっともでございますが、なにしろ、店を譲り受けましたばかりで、それに、借り貸しの帳あいなど、かなり乱脈になっておりましたものですから、まだちっとも整理がついておりませんで――」
「それにしたところで」若松屋惣七は、表面いつしか、ふだんのあの夜の湖面のような、気味のわるい静かさを取り戻していた。
「それにしたところで、名と住まいで、すぐにお気がつかれそうなものと思われますがな」
「それが、でございますよ。わたくしは、あとになるまで帳面を見なかったので――いや、若松屋さん、あなたは、何かわたしが、知らん顔して現在の女房から――」
「おことば中だが、現在の女房とおっしゃるのは、ちとはずれておるように思われますが――」
「はて、げんざい自分の女房を女房と申すのに、何のさしさわりもあるまいと存じます――いえ、全く、わたしはこの高音に去り状をやったおぼえは
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