。この若松屋惣七は武士出だ。彼は、両刀を手《た》ばさむ気でそろばんを取る。大義名分を金勘定のあきないに移している。みずから商道といっているのが、それだ。
 若松屋惣七は、もと小負請《こぶしん》[#「小負請」はママ]入り旗本の次男坊である。一生部屋住みというわけにも行かないし、養子の口だってそうざら[#「ざら」に傍点]にはない。仕官をすれば肩が凝っていやだ。さりとて、浪人しては食うに困る。若さを持てあまして、剣術に凝った。星影《ほしかげ》一刀流に、落葉《おちば》返しという別格の構えをひらいたのは、この若松屋惣七だ。それはいま、同流秘伝の一つに数えられた。惣七は、星影一刀流の江戸における宗家と目されている。名人である。達剣である。剣哲である。
 では、それほどの剣道のつかい手が、どうしてこんにちの若松屋惣七として、前垂れをしめるようになったか。わけがあるのだ。
 さて、腕は立つものの、武者修行に出るというのも、大時代で面白くない。江戸でのらくら[#「のらくら」に傍点]していた。あそんでいると、ろく[#「ろく」に傍点]なことはしでかさない。女ができた。まあ、恋というところだ。その女のことで、
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