松屋惣七に対しても、あれほど不愛想な態度をとって、恐ろしく変わり物に見えていた日本一太郎が、このお駒ちゃんにだけはこんなに打ちとけて饒舌《じょうぜつ》になるばかりか、親切も親切だし、何かと真剣にためを思う気くばりをみせるのだ。
これはいったいどういうわけであろうか。この手品師の日本一太郎が、お高の父の相良寛十郎という御家人のなれの果てだというのだが、それならば、その相良寛十郎は、どういう人間なのだろうか。
お駒とは、むかし旅役者のむれに一座して、信濃路から木曽路《きそじ》、越後《えちご》のほうと打ってまわったことがあるというだけのことなのだが、久しぶりに、お互いの生まれ故郷の江戸で会ってみると日本一太郎は、手品の手腕《うで》は達者でも、人物がこういうふうだし、それに年齢《とし》が年齢だから、だんだんと指さきの細かいトリックがきかなくなって、こうして、両国は両国でも、娘手踊りなどのあいだにはさまって見物衆のごきげんを取り結ぶサンドイッチみたいな芸人に落ちているし、お駒はお駒で、かつて田川一座の看板として旅で鳴らした太夫が男のことで悩みぬいて、気が抜けたようにふらふらと風に吹かれて、み
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