え、同じ旅の手品師としてわずかに糊口《ここう》と草鞋《わらじ》の代《しろ》を得ながら、旅に旅を重ねてこんにちにいたったのだという。いまは両国の小屋にかかって、日本一太郎は、いっぱし太夫のひとりだった。
お高のほうから、その日本一太郎の相良寛十郎をたずねたのだ。両国に近い、駒留橋《こまどめばし》から左へ切れた藤代町《ふじしろちょう》の安宿の二階だ。寒いほどの河風が吹きぬけて、茶渋で煮しめたような障子紙のやぶれをはためかせていた。
日本一太郎は、端麗な顔をした弱よわしい老人だ。舞台とは別人のような、むずかしい顔をして、きちんとすわっていた。壁に、よごれきった派手な小袖と肩衣《かたぎぬ》が掛けてあった。手品の道具でもはいっているらしい、小さな古行李が一つ、部屋の隅にころがっていた。そのほかには、何もなかった。真ん中に、置き物のように日本一太郎が控えていた。
乳呑児《ちのみご》で人手に渡して以来二十何年も会わない娘のお高が来たのに、迎えに立とうともしなかった。といって、格別うるさがっているようすもなく、来たものだから会おうという顔だ。
はいって来たお高は、この日本一太郎を見ると、なつか
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