おせい様の部屋を出て、庭に沿ってすこし行った渡り廊のかどに、磯五がにやにやして立っていた。知らんふりして通り過ぎるのも子供らしかったので、お高は、挨拶だけした。
「珍しい人が珍しいところに立っていますねえ。よく当家《ここ》へ押しかけて来る顔がありましたこと」
「脚《あし》があらあ。行きたけれあどこへでも行くのだ。亭主が女房に会いに来るに、べつだん不思議はあるめえじゃねえか」
「おや、誰が誰の亭主で、誰が誰の女房なのか、お前さまのいうことを教えてくださいよ」
「まぬけたことはいいっこなしにしようぜ。おいらがおめえの亭主で、お前《めえ》はおいらの女房なのだ」
「あれ、忘れてはいやでございますよ。縁切り状は何のために書いたのです」
すると磯五が、縁切り状? そんなものは夢にも知らないというので、お高は、あれ以来身につけて持ち歩いているあの離縁状を取り出して、磯五に突きつけてやるつもりで開こうとした。その瞬間に、磯五の手が伸びてきた。それは手品のように速い動作だった。磯五は、両腕を使った。片方の掌《て》をお高の顔いっぱいに当ててうしろへ押しながら、他の手で引きむしるようにその紙を奪いとった
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