っていた。しきりに、はっはっと息をして、草の中に顔をしずめた。
若松屋惣七が近づいてゆくと、もう一度|空手《からて》でおどりかかって来たが、からだが惣七に触れたかと思うと、磯五は、思いきりよく投げ出されて、土のうえに仰向けになった。それから、あたまをかかえて、寝返りをうつようにごろりと横になったきり、彼は肘《ひじ》のすきまからぼんやり若松屋惣七を見上げて黙っていた。妙に感心しているぐあいであった。
「何をそこで手荒なことをしているのだ――」
と、惣七に呼びかける声がして、武士とも町人とも思われない、十徳を着た若い男が、若松屋の屋敷のほうから金剛寺坂をおりて来て、加宮跡へはいって来ていた。きのう若松屋へ来て、滞在している、惣七の友だちの紙魚亭主人であった。
若松屋惣七は、磯五の短刀を抜き身のままふところへしまいこんで、まばゆそうな眼を、近づいて来ている紙魚亭主人へ向けていた。
二
四十七歳の越前守《えちぜんのかみ》大岡忠相《おおおかただすけ》は、あらたに目安箱を置き、新田《しんでん》取り立ての高札を立てなどして、江戸南町奉行としてめざましい活躍をしたときだった。
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