」
「だが、しかし、それは、おせい様は、きれいに忘れるといったのだぜ」
「おせい様は忘れても、わたしは忘れませんよ。わたしが忘れても、証文は忘れませんよ」
「どうしろというのだ」
「おせい様から出ているお金を、ここへならべて返してくださいよ」
「そんなことができるか。あの金をみんな返せば、磯屋の店は半つぶれだ」
「返せないというのでありますわねえ」
「当たり前《めえ》よ」
「そんならお金を返さなくていいから、その代わり離縁状を書いてくださいよ。離縁状と引き換えに、この証文をそちらへ上げましょうよ」
「ふむ。おめえのねらって来たのは、はじめから金じゃあなくて、その三行半《みくだりはん》なのだな。そうわかれあ書かねえ。書くもんか。おいらとおめえは、どこまで行っても夫婦なのだ。もう、おせい様にもお駒にも、何の隠し立てもいらねえのだぜ」
磯五が、眼にとろり[#「とろり」に傍点]とした力をこめて、お高の顔をのぞきこむと、お高は、くらくらとしてそれにひき寄せられそうに見えたが、はっと気がついたように背後《うしろ》へさがった。磯五は、長い、睫毛《まつげ》を伏せて、小高いお高の膝がじわじわと動くのを
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