、意地にふるえた。「わたしは、お前は離しはせぬぞ。この、見えぬ眼で、どこまでも追いかけるのだ」
 おおっ! というように、お高が、おめいたようだった。去った良人への気がねに、全心身をあげて惣七に打ちこみ得なかったお高だ。惣七に対する愛恋に、自制に自制を加えてきていたのだ。
 その垣《かき》も、惣七の朴訥《ぼくとつ》な迫力のまえには、一たまりもなかった。そこには、ふたりの感情のほか、何もなかった。泣き叫ぶのと同時に、お高は、腰を上げていた。膝で畳を走って、つぎの秒間には、総身の重みを、惣七のふところに投げあたえていた。
 こうして嗚咽《おえつ》とともに飛びこんで来たお高を、惣七は、父のごとく、ゆったりと受け取った。
 お高は、しがみついて、惣七の襟《えり》に、顔をうずめた。おおっ、おおっと聞こえるお高の泣き声にもつれて惣七の声がしていた。
「泣け、泣け。泣いて、泣いて、泣きくたびれて、眠るのだ。なあ、何も心配することはないぞ。泣きくたびれて、ねむくなるまで、泣くのだ」
 お高を抱いている惣七の手が、軽く、お高の背なかをたたきつづけた。そして、ゆっくり、からだを左右に揺すぶっていた。まっす
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