ずみ》一匹も逃がすな」
糸屋のおかみさんは、おおこわいといって、お高を離れて店の奥へもぐりこんで行った。和泉屋では、いま飛びこんだ人たちが戸障子を蹴倒したり、商品をこわしたりする音が、ものすごく聞こえていた。
あとからあとからと押しかける群集で、暗くなりかけた路上は、身動きもならない。八百万《やおまん》の若い者や、角の夜駕籠《よかご》かきや、町内のばくち打ちなどの威勢のいい連中が、めいめい獲物をふりかざして、和泉屋に頼まれて警戒に来ていた他町の鳶の者と渡り合っていた。
どさっ[#「どさっ」に傍点]と濁った音をたてて、棒が人の頭上に落ちたり、うす闇黒《やみ》に鳶ぐちがひらめいたりするたびに、お高は、両手で顔をおおった。それでも、糸屋の軒下に押しつけられて、人の肩ごしにのぞいていた。
とめに出ていた金剛寺の学僧たちや、町内の世話役なども、手の下しようがなくて、怪我をしない用心をしながらただ見物していた。月番家主らしい羽織を着た老人が、縦横に人をわけて走りながら声をからしてどなっていた。
「火の用心だけあ頼むぜ。いいか。火の用心を忘れめえぞ」
誰も、耳をかすものはなかった。
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