だけで、ほんとに、ありがとうございますが、でも、お立て替えくださることだけは、失礼でございますが、お断わり申し上げます」
「ふうむ。それはお高、あまりに他人行儀というものではないか」
「――」
「ははあ、読めたぞ。お前はまだ、そのすてられた男のことを思っているのであろう」
「――」
「これ、お高、そちは、その男のことを思いながら、わたしと、こういうことになったのか」
 若松屋惣七は、くちびるを白くしている。お高の顔にも、血の気がないのだ。

      五

 いきなり、若松屋惣七は、天井へ向かって笑い声をほうり上げた。いつまでも笑っている。いつまでたっても、馬がいななくように笑っているので、お高は、気味がわるくなったが、それでも、ほっとして、鬢《びん》のほつれ毛を指でなで上げた。
「もし、旦那様。わたくしが払いできずに、磯五が訴えましたならば、わたくしは御牢屋《おろうや》へはいらなければならないのでございましょうか。あの、ほかの方《かた》へ、貸金のさいそくを御代筆いたしますごとに、わたくしは、心配やら情けないやらで、死ぬような思いを致しましてございます。
 でも、こちら様から督促状が
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