いきますと、たいていの方が、お金を届けて参ります。わたくしは、しじゅう、もしわたくしにそんな日がきたら、どうしようかと思って、夜もおちおち、眠れないようなことがございましたが、とうとう、その時がまいったのでございます――」
 若松屋惣七は、急に、お高のほうへ、半身をつき出した。
「どんな男だな。その良人というのは。何か近ごろ、たよりでもあったかな」
「いいえ。家出しましてから、一度のたよりもございませぬ」
「だいぶ、質《たち》のよくないやつらしいな」
「あの、酒がはいりますと、まるで別人のようになるのでございます」
「のんべえか。だが、その男も、お前を大切にしたことがあるであろうが――」
「はい。それは、ひところは――でも、べつにわたくしを好きだったのではございません。わたくしのもっていた二千両が目当てだったのでございます」
「きやつが生きておるというのは、確かか」
「たしかに生きているという気が、いたしますのでございます。もし死ねば、何かわたくしの耳にはいるはずでございますから――」
「てへっ! 貞女だなあ、お前は、貞女だよ。見上げたものだよ」
 若松屋は、苦々しげに、この皮肉を吐き
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