くるのだ。
「旦那様」お高が、あらためて呼びかけた。「わたくしは、ここに三両持っておりますでございます。どうぞこれを、磯五のほうへおまわしくださいまして、あとは、また待ってくれますように、どうぞあなたさまから、磯五のほうへ、おかけあい願えませんでございましょうか」
「馬鹿な!」
 若松屋は、唾《つば》を吐《は》くようにいった。
「だめでございましょうか」
「馬鹿な!」若松屋は、笑った。「そんなことをせんでも、そう事がわかれば、その二百五十両は、わたしが払ってやる」
 お高は、紅絹《もみ》のように赧《あか》い顔になった。
「いいえ、いいえ、めっそうもない! そんなことをしていただいては、冥加《みょうが》につきます。ほんとに、それだけは、御辞退申し上げます」
「なぜだ」
「なぜと申して、そんなことをしていただこうと思って、お話し申したのではございません」
「それは、わかっている。だから、貸すのだ。暫時《ざんじ》、貸すのだ」
 若松屋惣七は、いつのまにか、ほろ苦くほほえんでいた。お高は、あわてて、二度も三度もつづけさまにおじぎをして、やたらに手を振った。
「いえ、もう、それだけは――そのお志
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