ので、龍口寺詣りのはなしは、そのままぐずぐずして、一時立ち消えの形だった。
 じっさい、人に旅を思わせる好天気がつづいて、江戸の空は、藍甕《あいがめ》の底をのぞくように深いのだ。朝早く、金剛寺の森にうぐいすが鳴く。夜も昼も、草木の呼吸する音が聞こえるような気がした。そんな毎日だった。
 お高が、縁側へ古い手紙類を持ち出して、一応眼を通したのち、一つひとつ丹念《たんねん》に破いているところへ、玄関に人声がして、国平が取り次ぎに出た。お高は、手紙を巾広く破いておいて、あとで、それを折ってはたき[#「はたき」に傍点]をこしらえましょうと思って、そのとおりに気をつけてやぶいていた。うしろへ、国平が来てうずくまった。
「一空《いっくう》さんが、おめえ様に会いてえといってお見えになったのです」
「一空さん――」
 お高は[#「お高は」は底本では「お高い」]、不意に思い出せないで、眉を寄せて、考えた。
「へえ。裏の金剛寺の一空和尚なのですよ」
「まあ、あの和尚さまが来たのですか。それで、わたくしに御用がおありだとおっしゃるの。上げてくださいよ。お座敷へお通し申しておくのですよ。えらい坊さまですから、
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