屋惣七の顔には、純真なおどろきと、不審と、好奇と、何よりも悲痛の色が、一時に、はげしい渦《うず》をまいた。
「良人の生きておることを知りながら、妻たるお前はどうしてわたしと、こういうことになったのだ――」
「あなた様を、おたぶらかし申したようなことになりまして、面目次第もござりませぬが、決してそんな――」
「ええっ! よけいなことを申すな。いつ会ったか、その良人と」
「いえ、会ったことはござりませぬ。会ったことはござりませぬ。ただ、死んだといううわさは聞きませぬから、まだ、生きておるのであろうと思うだけでございます。わたくしは、感じますのでございます。良人は、まだ生きておるのでございます」
 若松屋惣七は、だんだん事情がわかってくる気がした。
「その茶坊主の良人とやら、お前には、つらく当たったであろうな」
「はい」
 と、お高は、つらかった日を思い出したように、顔を伏せた。若松屋は、形だけの眼をしばたたいて、のぞき込むようにした。
「お前の持っておった金子《きんす》を横領して、姿を隠したというのであろうな」
「はい」
 若松屋惣七は、茶坊主などという、そういう型の男が、眼に見えるような
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