たのか、自分でもわからないのでございます。きっと、離れかけていた良人《おっと》のこころを、身を飾って取り戻そうと努めたのであろうと、じぶんのことながら、まるで他人事《ひとごと》のようにしかおもわれないのでございます」
 意外という字が、若松屋の顔に、大きく書かれた。
「良人? 良人が、あったのか」
「良人は、わたくしがいい着物を着ているのを見るとこのうえなく機嫌がよかったのでございます。わたくしのお金で買いさえすれば――」
「そりゃ、そうだろう。その、美しいお前が、いい着物を着るのだ。一段も二段も、たちまさって見えたことであろうよ。自分の財布《さいふ》が痛まぬ限り、誰しもよろこぶのは必定だ。うふふ、そんな馬鹿ばかしいはなしはよしてくれ。聞きとうもないのだ」
 そっけなくいい放った。が、すぐ、ちょっと気をやわらげたようだ。
「その、良人とやらは、武士か」
「はい、いえ、大奥のお坊主組頭《ぼうずくみがしら》をつとめておりましてございます」
「もちろん、故人であろうな」
「は?」
「いや、いま在世してはおらぬのであろうな」
「いえ、生きておりますでございます」
「なに、生きておる?」
 若松
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