たと思った。
「旦那様にまで、身分を隠してまいりました。すみませんでございます。どうぞ、お気を悪くなさらないように」
お高が、いっていた。うつ伏したままだ。若松屋はもう千里も遠のいてしまったような、つめたい顔を上げた。
「なに、すむもすまないもない、どうせ、なにかあることと思っておった。女は、化物《ばけもの》だと申すことだからな」
「そんな、そんな情《つれ》ないことをおっしゃらずに――」
「いいます。そう思うから、いうのだ。いや、もう何もいうまい。ただ、一言だけ聞かしてもらいましょう。何しに素性を隠して、この家《うち》に住みこんだのだ。何か、探りにか?」
若松屋は、ぐっと曲がってしまった。何ごとでも、だまされていたのだという心もちが、若松屋をそうさせずにはおかないのだ。
「と、とんでもない! さぐりに、などと、旦那さまあんまりでございます――」
泣き声が、お高のことばじりを消した。お高は、たたみを打って、突っぷした。
若松屋は、横を向いた。
「何も、泣くことはあるまい。わたしこそ、あんな手紙をお前に書かせて、さぞつらかったことであろう。すまなかったと思っておる。が、それも、知ら
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