「はい。お高でございます」
「何しにここへ来ておるのだ。わしがおらんときは、誰もはいってはならぬことを知らぬのか」
 惣七は、不愉快な顔をした。不愉快な顔をすると、両眼と、そのあいだの傷あとが、一線に結びつくのだ。机の前へ行って、すわった。机の上で、彼の手に触れたものがある。文箱だ。
「来書か」
 といって、惣七は、その状箱を両手に握った。嗅《か》ぐように、鼻さきへ持っていった。眼に近く、いろいろにすかして見ている。こうしているうちに、どうかすると、見えることもあるのである。
 高音どのへ、若松屋あつかい磯五の件、とお高の字が読めてきた。
「お!」と、若松屋は、首をかしげた。「これは、きのう送ったはずの手紙ではないか。もう、返書が参ったのか」
「いいえ」
「なに? 返書ではないと」
 惣七は、がた、がた、がたと急《せ》き込んできて、文箱をあけた。
「や、これ、封が切ってあるぞ」
 いいながら内容《なかみ》をつかみ出した。巻き紙がほぐれて、ばらり、手から膝へ垂れた。それを風が横ざまに吹き流した。
「うむ。これはどうしたというのだ。持たしてやったはずの手紙がどうしてここにあるのだ。これ、
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