。それにこのごろは、金稼業《かねしょうばい》のこつ[#「こつ」に傍点]もなかなか呑みこんできている。ただ、手紙の代筆をするだけではないのだ。取り引きに関して、なにげなくはさむお高の意見に、ちょいちょい光るものを発見して、じつは若松屋も、内心おどろいているのだ。
それに、いつからか若松屋に許して、女房もおなじになっているお高でもある。若松屋惣七が、このお高がゆうべから顔を見せないことを気にするのに、別に不思議はないのだが、彼は、珍しく、ほんとに何年ぶりかに、女というもののことをこうして、すこしでも切実に考えている自分に皮肉を感じて、いま苦笑をもらしたのだ。それは、霜の朝の池の氷のような、うすい、冷たい苦笑だった。
八端《はったん》の寝巻きに、小帯を前にむすんだ惣七である。よく見えない眼をこすって、縁の障子をあけた。日光が、待ちかまえていたように、音をたてて飛びこむ。微風が、ねまきの裾《すそ》をなめた。雑草が、陽《ひ》に伏している。しんみりと太陽のにおいがする。今日も、冬らしくない日なのだ。
縁ばたに、杉の手水《ちょうず》だらいと、房楊子《ふさようじ》と塩が出ていた。お高が置いて行っ
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