うしたのだろう? 頭痛でもして、自分の部屋にこもりきりなのか――ちょっと、そう思った。
 それにしては、することだけは、きちん[#「きちん」に傍点]としているのである。夕飯の給仕にも出た。この床も、取っていった。いつものとおり、行燈《あんどん》の燈芯《とうしん》を一本にしてこっちに向いているほうへ丹前《たんぜん》を掛けておくことも、忘れてないのだ。
 が、考えてみると、そのあいだずうっと無言だったようだ。気分でも、すぐれないのかもしれない。それとも、何か、気になることでもあるのか。そのときは、そう思っただけで、惣七も、べつに気にとめなかったのだが、どうもきのう以来、あのお高のようすがへんなのである。けさひとつ、顔が合ったらきいてやろう――若松屋は、そう思った。
 思いながら、彼は、苦笑した。小判魔、というのもへんなことばだが、そういってもいいほど、とにかく、今では、金のほかは何もなくなっている若松屋だ。その若松屋が、けさは、どういうものか、お高のことが気になってしようがないのだ。
 それは、盲目に近い彼にとって、女番頭といえば、大切な人間ではある、ことにお高は、女ではあるが、字も達者だ
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