ことになっておった。
 そのうえ、本人のおせい様は、伊勢参宮《いせさんぐう》とかに出かけたきり、ながらく上方にとどまっておって、このころまで、わしのほうの用向きもなかったのだ。が、待てよ。お前いま、おせい様という名を聞いて、おどろいたようであったな」
「いいえ」
「知っているのではないか」
「いいえ」
「そうか、おせい様はな、駒形《こまがた》の猿屋町《さるやちょう》、陸尺《ろくしゃく》屋敷のとなりにあった、雑賀屋《さいがや》と申した小間物問屋の後家なのだ。いまは、 下谷同朋町《したやどうぼうちょう》の拝領|町屋《まちや》に、女だけの住まいをかまえておる。見ようによっては老《ふ》けても若くも見えるそうだが、まだ美しさの残っておる女だ。世間知らずの、子供のような人でな、あれに悪い虫がついたならば、いかな雑賀屋の大財産も、一たまりもないであろう。案外、そんなことかもしれぬぞ」
 お高は、若松屋惣七のいうことを、聞いてはいなかった。考えがあたまを駈けめぐって、何をいわれても聞こえなかった。
 お高には、すべてがわかった。なぜ名前が出るまで、気がつかなかったろう。磯五も、おせい様のことを話すとき
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