それだけ引いてくれとも申し入れたが、それも受けつけぬ。どこか具足屋の庭にでも、じぶんの小判が、山のごとく積んであるとでも、思っているらしいのだ。全く、そのとおりなら世話はいらぬがと、わたしも、つくづく思いますよ」
若松屋惣七は、ほろ苦く笑った。行燈の灯が、面のような顔を、いっそうグロテスクにくまどった。
「多額《たんと》でございましょうね、どうせ」
「一万二千両です」
「まあ、そんなに、でございますか」お高は、おろおろと声がふるえた。「どうしましょう――」
「みんな、具足屋という旅籠が食ったのだ」
「その具足屋を、そっくり売ることはできませんでございましょうか」
「まだだめだな。損つづきのことを知っているから、ちょっと手を出すものずきもあるまい。それに、持ってさえおれば、やがて、金脈に変わることはわかりきっているのだ。わたしも、放さずにすむことなら、放したくはないのだ」
「何とかならないものでございましょうか」
「一言も、こっちのいい分に耳をかそうとせぬのだから、しようがあるまい。金がいる。いまがいま、そっくり出せ。これだけのことを繰り返して、せきたてに毎日来おる」
「たいそうなお金
前へ
次へ
全552ページ中107ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング