すぼらしい装《なり》で江戸の町から町とほっつき歩いていたのだ。
 父娘《おやこ》といってもいいほど年齢が違うのだから色の恋のという間柄ではもちろんないのだが、それにしても、今、お駒ちゃんが磯五にもてあそばれてすてられたと聞いたときに示した、あの日本一太郎のおどろきは、何を意味するものであろうか。このおじいさんとあの人とのあいだに、どんないきさつがあるというのだろう?
 お駒ちゃんは、それが気になってたまらなかったが、相手が、磯五との関係はそれとなく隠しておきたいようすなので、ざっくばらんにきくわけにもいかなかった。そして、ざっくばらんにきくのでなければ、口うらを引くなどという器用なことはできないのが、お駒ちゃんなのだ。で、黙って日本一太郎について、その、ぎしぎしいう裏梯子《うらばしご》を踏んで木の腐ったようなにおいのする風呂場へおりて行った。
 安宿にふさわしいきたない風呂場だ。泊まり客もすくないし、まだ午後もそうおそくなっていないので、ほかにはいっている人はなかった。二人きりだった。
 じめじめした板の間に着物をぬいで、木の引き戸をあけると、一坪ほどの、土の黒く固まった土間に、田舎びた五右衛門風呂がすえてあった。焚き口に火がとろとろ燃えて、けむりがいぶるので、浴室の内部には、天井から壁板から、長年の層で黒光りに光っていた。

      三

 お駒ちゃんが思い切りよく着物を脱ぐと、白い膚がいっぱいにひろがって見えた、お駒ちゃんは、女同士ではいっているように、日本一太郎のまえにあけすけな態度なのだ。男のように手ぬぐいを肩にのせて、乱暴に湯槽《ゆぶね》をまたいだ、うす暗い中に、湯にぬれたお駒ちゃんが光ってほつれ毛を気にして、指をぬらしてはなでつけていた。上気した、ぼんやりした顔をして、洗う手を休めて考えこんでいることが多かった。
 日本一太郎は、そうしているお駒のうしろに取っつくようにして、背中を流し出した。
「あれ、いいのですよ」
「なに、男の垢《あか》をつけておくことはない」
 日本一太郎がそういって、構わず洗い出すとお駒ちゃんは、いやな顔をして、泣き出しそうな声になった。
「ほんとにいいのですよ。じぶんで洗えますから」
「なに、おいらは、じぶんがしてもらいてえことは、先に人にするのだ。ははははは、この代償に、おいらも一つ、おめえに背中を流してもらおうと思ってな」
 日本一太郎が笑うと、お駒ちゃんもはじめて、お駒ちゃんらしい大きな声をたてて笑った。
「そうねえ。じゃあ、かわり番こに洗いっこしようよ」
「それがいいのだ。おめえといっしょに湯にへえるのも、楽屋風呂以来、久しぶりじゃあねえか」
「おふざけでないよ。楽屋風呂なんて、いっぱし役者めいた口をきくけれども、ぜんたい楽屋にお風呂のある小屋へなんか、掛かったことはなかったじゃあないか」
「ははははは、そういえば、まあ、それに違《ちげ》えはねえのだが――」
「おじいさん、これからどうするつもりさ。両国が済んだら」
「さ、そのことだが、おいらにはおいらで、これでも考えてることもあり、かかってる口もあるのだ。としよりだって男一匹だ。なあ。どうころんだところで、身の立たねえということはねえのだが、それより、おめえはこれからどうしてやってゆく気だ。まず、それから聞こうじゃあないか」
「それがあたしには、さっぱり目当てがないのさ。おさき真っ暗でねえ」
「おめえさえ居る気なら、おいらのところにいてもいいのだが」
「そうかい。でも、そうもゆくまいしねえ」
「おいらはいっこうかまわねえが、まあゆっくり考えてみるがいい。それあそうと、さっきちょっと話に出た、磯五とかいう呉服屋とおめえとの一伍一什《いちぶしじゅう》を聞こうじゃあねえか。そのうえでまた、おいらも何かと力になったりなられたりするつもりなのだ。いいから、初手から話してみな」
 お駒は、たどたどしいことばで、磯五との情事をはじめから話し出した。
 磯五に頼まれて、おせい様をだますために、その妹になりすまして式部小路の家へはいりこんだことや、内儀に直すという約束で、磯五にすべてをあたえたことや、そのほか、お駒のはなしには、お高の名や、父の久助のことや、お針頭のおしんや、磯五がじぶんの眼のまえで関係して見せる小間使いのお美代や、いろんな女の名まえがたくさん出て、だいぶこんぐらがっているので、日本一太郎は、筋みちを理解するために、眉のあいだにふかい皺をつくって、気を詰めてきいていた。

      四

 風呂から上がると、お駒は日本一太郎の浴衣《ゆかた》を借り着した妙な恰好で、部屋の隅に長くなって眠ってしまった。
 お駒ちゃんが眠っているあいだ日本一太郎は、風呂場から持ち越した眉根の皺をそのままにして、何かしきりに考えこんでいるふうだったが
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