ように、しんみりした女になっているのだ。そう思って、日本一太郎がじっとお駒をみつめていると、お駒はその心もちを読んでそれにこたえるように、つづけた。「あたしのようなはねあがり女《もの》でも、苦労をすると、これで、ちったあ落ちついてくるよ。ひどい男《やつ》に引っかかってねえ、お駒太夫も、われながら愛想《あいそ》がつきるほどだらしがなくなっちゃったのさ」
「おめえのことだ。さぞ意気な筋だろうぜ。年寄りを相手に、色ばなしも乙なものだ。そもなれそめはから一段語ったらいいじゃあねえか。こっちから、酒さかな持ち出しで、きこうてんだ」
「いやなこった。ひる間あんまりしゃべると、夜|眠《ね》られなくなるから、ま、ごめんこうむっておこうよ」
「こいつあよっぽど参っているのだな。昼寝られなくて、夜眠られなくて、それじゃあいつ睡《ねむ》るのだ。おめえは、ねむるのが恐ろしいのだろう?」
 日本一太郎にこういわれて、お駒は、図星《ずぼし》をさされたようにちょっとどぎまぎしながら、
「なに、そんなこともないのだが、眠るときまって夢を見るのだよ」
「さ、その夢が恐ろしいのだろう」
「夢は、恐ろしいことはないのだよ。その男とあっている夢だもの」
「夢は恐ろしくなくても、その同じ夢を見ることが、おそろしいのだろう。おめえが何といおうと、おめえの顔にそう書いてあるのだ」
 お駒ちゃんはびっくりして、あわてて顔をふきとるような仕草をすると、日本一太郎は笑って、
「ふいたってとれやしねえ。おいらには、ちゃんとわかるのだ。おめえは、夜ひる眠ることもできずに、その男のまぼろしを抱いて、野良犬のように、江戸の巷《まち》をほっつきまわっていたのだろう。薄情男に、石ころのように蹴られながら、その男の思い出を追っかけて、きちがいみたいに歩きまわってきたのだろう」
「そんなことはないのだよ」
「ないことがあるものか。鏡を見な鏡を。顔だって、からだだって、昔のお駒ちゃんの面影はありゃあしねえ。まるで、お駒ちゃんに似せた案山子《かかし》みたようだ」
 お駒が、ぎょっとすると、日本一太郎は、彼の所有物《もちもの》のなかで一番高価らしい、村田《むらた》の銀張りをからりと投げ出すように置いて、ひと膝乗り出してきた。
「どこの何という者だ、その薄情男は」
 追い詰められたような声が、お駒ちゃんの口を出た。
「日本橋式部小路の呉服屋で、磯屋五兵衛というのですよ。磯五というのですよ」

      二

「なに、あの磯五さん――?」
 日本一太郎は、おどろきを隠しようもなく、はっと顔いろをかえたが、それよりもお駒のほうがびっくりして、
「お前さまは磯五をご存じなのかえ」
 ときくと、日本一太郎はすぐになにげなく装って、
「知らねえこともねえが、識《し》っているというほどの仲でもねえ。いま江戸で磯五といえあ、流行《はやり》の太物商売として、まず、名の聞いたことのねえものはなかろうじゃないか」
 何だかへんだとは思いながら、お駒ちゃんも、ふかく追窮《ついきゅう》しようとはしなかった。
「あい。その磯五さ」
 吐き出すようにいって、また欄干越しに、下の藤代町の狭い往来をこね返している雑沓へ眼を落とそうとすると、
「お駒ちゃん、一|風呂《ふろ》、ざっと流してこようじゃあねえか。おいらはこんな老人《としより》だから、おめえとおいらといっしょにへえっても、誰も笑やあしねえよ」
 日本一太郎が、いった。そして、手ぬぐいを取ってたち上がると、お駒ちゃんもついて来た。
 実の娘であるはずのお高に対しても、またそのめんどうをみている若松屋惣七に対しても、あれほど不愛想な態度をとって、恐ろしく変わり物に見えていた日本一太郎が、このお駒ちゃんにだけはこんなに打ちとけて饒舌《じょうぜつ》になるばかりか、親切も親切だし、何かと真剣にためを思う気くばりをみせるのだ。
 これはいったいどういうわけであろうか。この手品師の日本一太郎が、お高の父の相良寛十郎という御家人のなれの果てだというのだが、それならば、その相良寛十郎は、どういう人間なのだろうか。
 お駒とは、むかし旅役者のむれに一座して、信濃路から木曽路《きそじ》、越後《えちご》のほうと打ってまわったことがあるというだけのことなのだが、久しぶりに、お互いの生まれ故郷の江戸で会ってみると日本一太郎は、手品の手腕《うで》は達者でも、人物がこういうふうだし、それに年齢《とし》が年齢だから、だんだんと指さきの細かいトリックがきかなくなって、こうして、両国は両国でも、娘手踊りなどのあいだにはさまって見物衆のごきげんを取り結ぶサンドイッチみたいな芸人に落ちているし、お駒はお駒で、かつて田川一座の看板として旅で鳴らした太夫が男のことで悩みぬいて、気が抜けたようにふらふらと風に吹かれて、み
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