ら」
「三年だ」
「早いものだねえ」
「早えものさ。三年は三年でもおれとおめえが、あの田川《たがわ》の娘芝居に一座して、信濃路《しなのじ》を打ってまわったころとは世の中も変わったぜ」
「あいさ。世の中も変わったか知らないけど、あたしも変わったのさ。変わらないのは、おじいさんばかりだよ」
「こいつあ耳に痛えや。相変わらず娑婆《しゃば》の場ふさぎといいてえところだ。あれからどうしたい?」
「おじいさんこそどうおしだえ」
「おいらか。おいらは――ま、おめえこれからどこへ行くのだ」
「どこへ行くといって、ここへ行きますという当てはないのだよ。ただこうやって町を歩いているのだもの」
 日本一太郎が、はじめてお駒ちゃんのみすぼらしい服装《なり》に気がついたように、改めて、まじまじとお駒ちゃんを見直すと、お駒ちゃんは、ほろ苦く笑って、袂でからだを包むような恰好をした。
「女の子がきたないなりをしているときに、そんなに見るもんじゃないよ」
 日本一太郎の端麗な老顔を、同情のいろが走りすぎて、お駒ちゃんを促して藤代町のほうへまがりながら、
「ちげえねえ。田川の一枚看板のお駒太夫が、そのぱっとしねえありさまはいってえどうしたというのだ」
 お駒ちゃんは、負け惜しみのように、陽気らしく細かく笑って、
「話せば長いことながら、さ」
「いずれそんなところだろう。まあ、あとでゆっくり聞くとして、おめえ何かえ、いまあぶれ[#「あぶれ」に傍点]ているてえわけかえ」
「あい。早くいえばね」
「相変わらず、いやに胆《たん》がすわっているぜ。粋《いき》すじだろう。ははは、こいつあお手の筋だ」
「まあ、そんなところかね」
「他人《ひと》ごとみてえにいってやあがる。おいらもきょうはもうからだがあいているのだ。どうだ、これからおいらんところへ来て、一ぺえやりながら、そのおめえの苦労話てえのを聞こうじゃあねえか。惚気《のろけ》でもなんでもいいや」
「そうかい。じゃ、まあ、ついて行くことは行くけど、そんな悠長《ゆうちょう》なんじゃあないんだよ。食べるか食べないかのどたん場まできているんだからねえ。男なんか、もう、ふっふっ――」
「どうだか、怪しいもんだぜ。お駒太夫が男ぎらいになったら、おいらは今一度、廿歳代《はたちでえ》に若返《わかげえ》るだろう」
「人聞きの悪いことをおいいでないよ。ほんとに男じゃあ今度ですっかり手を焼いたのさ。それはそうと、お前さんはまだ茶番のほうかい」
「そうそう。そういえば、田川では、おいらは茶番のまねみてえなことをやっていたっけな。おめえは大名題《おおなだい》――なに、今だって、いつだって、おいらは茶番をやっているのだ。生きて行くてえことが、それだけで茶番なのだ」
「また十八番《おはこ》がはじまったねえ。それはそうだろうけれど、両国の小屋では、何をやっておいでだときいているのさ」
「おいらはもとから手妻師なのだ。両国でも、手妻のほうをやっているよ」
「あたしも、いまになってみると、いっそ芝居のほうをやり通してくればよかったと思っているのさ。何やかや、おじいさんには、聞いてもらいたいことが山のようにあるんだよ」
 二人はちょっとしんみりして、押し黙って、狭い藤代町の通りを歩いて行った。陽の弱よわしい夕方近いころで、通る人の影が、寒く長く路上《みち》に倒れていた。やがて、下《した》っ端《ぱ》芸人などの泊まる、木更津屋《きさらづや》という軒|行燈《あんどん》を掲げた安宿の前へ出ると、日本一太郎は、顎《あご》をしゃくって、お駒ちゃんをかえりみた。
「ここだ」


    昼の風呂《ふろ》


      一

「おめえ様は、くたびれていなさる」日本一太郎は、一なでなでるような視線で、おちぶれたお駒ちゃんのようすを見ながら、いった。「一しきり横になって、休んだがいいぜ」
 が、お駒は、狭い二階の縁にぺちゃんとすわって、欄干に肘をかけて下の往来を見ながら、声だけ日本一太郎のほうへ向けて、
「あい。くたびれてはいるけど、あたしゃ昼寝られない性分でね。まあ、こうやってぼんやりさせていてもらおうよ。それより、あれから後のお前のはなしでも聞こうじゃないか」
「おれのはなしなんて、何もいうこたあねえ。判で押したように、きまりきったもんだ。おいらはどだい手妻つかいなんだから、ああして田川の一座がこわれてから、もとの東西東西にけえって諸国をうろついただけのことよ。
 ゆきさきの食いものと女だ。なあ、それぞれ味が違うから、若えうちあ面白いが、おいらみてえに、こう年齢《とし》をとっちゃあからきし意気地がねえ。やっぱり江戸が恋しくて、この四月に舞いもどって来たんだ。今じゃあ、まあ、両国で、どうやらこうやら小屋を掛けているよ」
「そうかい。それはよかったねえ」お駒は、人間が変わった
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