、やがて何ごとか決心がついたとみえて、渋紙いろの顔にはじめて晴ればれとした色が上《のぼ》ったとき、ちょうどそれを待っていたかのように、お駒が眼をさまして、ごろりと日本一太郎のほうへ向き返った。日本一太郎は眼を笑わせた。
「眠れねえなんて、眠ったじゃあねえか」
「そうだねえ。眠ったようだねえ。すこしはとろとろとしたかしら」
「冗談じゃあねえぜ。あれを見な。もうとうに陽がかげって、お向家《むけえ》の油障子に灯《あかり》がにじんでいるのだ。かれこれ一刻半《いっときはん》もぐっすり眠《ね》たかな。どうだった、夢は見たかえ」
「不思議なものだねえ。見なかったよ」
「そうだろう」日本一太郎は笑って、「ひとりでくよくよ考えているから、そいつが鬱《うっ》して夢に出るのだ。五臓の疲れとはよくいったものよ。おいらに話したから、すっぱりして、こころの荷がおりたのだろう」
「そうかもしれないねえ」
 おき上がったお駒ちゃんが、からだに合わない日本一太郎の着物を持て余して、襟をかき合わせたり袖ぐちを引っぱったりしていると、日本一太郎は、語をつないで、
「さあ、ここにいることに心がきまったろう」
「いてもいいのだけれど、何かすることがないと、気づまりも気づまりだし、それに、からだが遊んでいると、どうしても余計なことを考えてねえ。やっぱりどこかへ行って、つてを探してもう一度芝居にもぐりこんで、田舎落ちでもしてみようかと思うよ。お前の顔を見たら、急にぼたん刷毛《ばけ》をおもい出して、昔がなつかしくなったのさ」
「何をいやあがる」日本一太郎は、お駒の気を引き立てるように、わざと伝法に「むかしがなつかしいの何のと、そんな年齢でもないじゃあねえか。娘っこのくせに、巾《はば》ったい口をきくもんじゃあねえよ」
 笑っていたお駒が、ふっとさびしそうに黙りこんだので、日本一太郎は、芝店か何ぞのようにやさしくいざり寄って肩に手をかけた。
「おいらのところへ来て、働いちゃあどうだ」
「お前のもとへかえ。何か仕事があるのかえ」
「あるのだ。あるからいうのだ」
「だけど、あたしゃ手品はできないもの――」
「なに、手品をしろというんじゃあねえ。おいらはいま、大きな祭の口を一つ受けようかと思っているんだ。五日ばかり境内に小屋を張って、日本一太郎の手腕《うで》いっぺえに、手品だけで打ち通してみねえかというのだ。深川の顔役で香具師《やし》のほうもやっている木場の甚てえ親分とな、ちょっくらほかのかかり合いで相識《しりあい》になったのだが、この仁《ひと》がいってすすめてくださるのだ。
 おいらも、その先長えことではなし、一世一代に、手妻の一点張りで舞台《みせ》を張ってみてえ気もあってひとつ根限り、幻妖《げんよう》摩訶《まか》不思議てえところを腕によりをかけて見せてえ気もちも大きにあるのだが、ついては、新奇の演《だ》し物《もの》をつくって、思い出話にもなるように凝《こ》れるだけ凝って呼びものにしてえと思うのだ。手品といったところで生やさしいことでは客はつかねえよ。
 そこで一つ考えてることがあって、それにあ女がひとりいるのだ。面と姿が人形のように美《よ》くて、それで色気がたんまりあろうてえ髱《たぼ》が一枚入り用なのだ。ちょうどおめえのような――」
 話しているうちに、日本一太郎はだんだん興奮してきて、がくがくあせり出しながら、お駒の肘をとって揺すぶるようにするのだ。かみつかんばかりにことばをつないで、
「実あさっき、おれあおめえのからだを見るために、ああしていっしょに湯にへえったのだが、あれならどうして、振り事でも所作でも、融通のきくいいからだだ。上背はたっぷりあり、四肢《てあし》はすんなりと、おまけに、顔はそのとおりきれいだし、第一、そのおめえの身から、ほんのりにおってくる色気が大したものだよ。千両ものだよ」
 日本一太郎はお駒ちゃんのはだかを想描するようにうっとりと眼をつぶって、唄《うた》うようにつづけるのだ。
「何にもむずかしいことはありゃあしねえ。おめえならすぐ覚えるのだ。ちょっと稽古《けいこ》すりゃあわけあねえよ。女を出して、どう持ってゆくかてえことは、ここんところ、おいらもまだ考えてる最中で、しかとは決まっていねえが、とにかくあっと見物の度胆を抜くものでなくちゃならねえ。
 おいらも、日本一太郎として、一度は江戸中の評判にもなってみてえのだ。日本一太郎――全く、自慢じゃあねえが、おいらの手品はにっぽん一だと、まあ自分じゃあ思っているのだ」
「それはそうだろうけど」お駒ちゃんは、乗り気と不安をちゃんぽんにした眼で「あたしはいったい何をするのさ」
「新作|天羽衣《てんのはごろも》、天人娘《てんにんむすめ》夢浮橋《ゆめのうきはし》、外題《げだい》はまだ決めちゃあねえが――おめえか、おめえ
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