っしょになるの何のとちゃらんぽらんをいうものですから、おせい様が、若松屋さんからお金を引き出そうとして、若松屋さまもわたしも、たいそう苦しめられておりますのでございます」
「他人の金を預かっておきながら、自用にまわしたりするのが悪いのだ」
「わたしはおせい様に、お前さまには女房があって、その女房は生きていますといいましたでございますよ」
「そんなことだろうと思って、きょう限り、おれのことにはかかりあってもらうめえと、それをいいに来ましたよ」
「お前さまこそ、きょう限り、おせい様をそそのかして若松屋さまからお金を取り立てることをよさなければ今度は、このわたしこそ磯五の女房でありますと、おせい様に打ちあけるつもりでございます」
「ははあ。それは面白い」
 磯五は、せせらわらって「ぜひ打ちあけてもらおう」
 お高は、あいた口がふさがらないように、磯五を見上げた。磯五は、うそぶいていた。
「おめえが何といったところで、おせい様は、おめえよりもおれを信じるのだ。なるほど、おめえがその女房だと名乗れば、何よりの証拠だから、おせい様もびっくりするだろう。悲しむだろう。が、いくらびっくりしても、悲しんでも、それかといって、そのときからおれがきれえになるわけのものでもねえ。かえって、いっしょになれないとわかれば、いっそうつのってくるのが、ああいう女のこころもちだ。高音、藪蛇《やぶへび》だぜ、これあ。藪蛇はよしな」
「何が藪蛇でございます」
「薮蛇じゃあねえか。よく考えてみなさい。おめえがおせい様に身分を打ちあける。すると、おせい様の心になってみれば、おめえというものがあるばっかりに晴れておれと夫婦になるわけにゆかぬ。すりゃ、おせい様はおめえが憎くなる。嫉《や》けてもくる。
 その憎い恋がたきのおめえが、おせい様の道に立って邪魔しながらじぶんでは、一方にあの若松屋とねんごろにしている――おせい様は、おめえに対する意地からでも、いっそう激しく督促して、若松屋をいためつけるに相違ねえ。これは誰に聞かせても、むりのねえところだろうと思うのだ」
「わたしは、何も、おせい様のお金のことばかり申すのではございません。お前さまがあのお方をたぶらかしているのが、悪いというのでございます」
「うんにゃ、そうじゃあねえ。お前は若松屋のほうさえ取り立てが延びれば、それでいいのだろう。ちゃんと面に書いてあらあ。好きな男のために、と。あははははは――おらそれが気に入らねえのだ」

      三

「いったい何の御用でわたしをここまで呼び出したのでございます」
「おめえが拝領町屋へ出かけて行って、よけいなことを  ようだから[#「  ようだから」はママ]、それをやめさせようと思って、急に出向いて来たのだ。わるいことはいわぬ。早々このことから手を引いたほうが、おめえのためだろうぜ」
「それこそよけいなお世話でございますよ。わたしは、お前さまのようなお人が、四方八方に迷惑をかけているのを、黙って見ているわけにはゆきませんでございますよ。手を引けなどと、よくもそんな虫のいいことがいえましたねえ」
「昔のよしみだ。なあ、高音、たがいに邪魔だけはしないことにしようじゃないか」
 磯五がにっこりすると、ちらりと白い歯が走って、小指の先ほどのえくぼがあくのである。お高は、その顔を見ないように眼を伏せて、足もとの枯れ草をむしった。
「いやでございますよ。もうその手には乗りませんよ」
「一言いっとくぜ。後悔しねえようにな」
「おどかしはききませんよ」
 と、いったものの、お高は、とうてい自分が、磯五の敵でないことを知った。手も足も出ないのだ。磯五は、先のさきまで見抜いてる。女のこころもちというものを、鏡にかけるように、すみずみまで知っているのである。
 彼のいうとおり、たとえおせい様は、お高が磯五の女房であって、そのために磯五といっしょになれない。その点では、磯五にだまされていたと知っても、ちょいと何か磯五がうまいことをいいさえすれば、また、ちょろりとごまかされて、かえって磯五に同情を寄せるようなことになるだろう。そして、お高への嫉妬《しっと》と反感から、いっそう若松屋惣七をせっつくことであろう。かえって事態を悪くするに相違ないのだ。
 ではどうしたらいいか。どうもできない。お高は、とっさに自問自答した。
 磯五が、例の油のような声でいっていた。
「とにかく、おせい様にいらぬことをいわねえようにしてもらおうと思って、おせい様のとこから帰るとすぐ、その足でここへ来たのだ。若松屋が、おせい様の金のことで四苦八苦していようが、いまいが、そんなことはおれの知ったことじゃない。おれはただ、おめえを、このことから手を引いたほうが利口だと納得させれあいいんだ。わかってくれたな」
「わかりませんよ。ちっと
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