》のあたりが、ひどくすさんで見えるのだ。こいつを妹に仕立てたのはてんから間違いであったかなと、磯五は思った。そう思って、うなだれて、考えこんで行くと、身幅をせまく仕立てたお駒ちゃんの裾から、無遠慮に歩くお駒ちゃんの白い脚《あし》が、ほらりほらりと見えるのだ。
 磯五はおせい様のことも、お高のことも、いまの厄介な問題もどうにかなるであろうと思った。下素《げす》な笑いが、磯五の顔にひろがりかけていた。その笑いを、お駒ちゃんが見つけた。
「ほんとに、おかしいったらありゃしないよ。でも、底が割れそうで、お前さん心配じゃないかい」
「なに、心配することはねえのさ。だが、あのとき泣くなんざあ、てめえが馬鹿だ」
「あれ、誰も泣きはしないよ。笑っていたのだよ」
「なおいけねえや」
「だって、おかしいじゃないか。あの、吉田屋のお婆《ばあ》さんのあきれ顔を見たら、あたしゃどうにもがまんができなくて、ふきだしてしまったのだもの」
「殊勝らしく、泣いているように見えたから、いいようなものの、それが、てめえのかるはずみというものだ」
「悪かったらごめんなさいよ。だけどねえ、お前さんという人も、罪のふかい人だねえ、あのおせい様とかいう四十島田はお前さんにこれったけじゃあないか」お駒ちゃんは、歩きながら、じぶんの首へ手をやった。
「あんなに参っているとは、思わなかったよ。女同士だもの、眼いろでわからあね。嫉《や》けてくるよ」
「何をいやがる。それもこれも、てめえに楽をさせようためのいわば商売じゃあねえか。あだやおろそかには思うめえぞ」
「はいはい。まことにありがとうございます――お前さんは、口がうまいからねえ。かなわないよ」
 磯五とお駒ちゃんは、声をあわせて、笑った。そこは、御成街道《おなりかいどう》が広小路《ひろこうじ》にかわろうとする角《かど》であった。一方に、湯島天神《ゆしまてんじん》の裏門へ登る坂みちが延びていた。そこのところに、辻《つじ》待ちの駕籠屋《かごや》が、戸板をめぐらして、股火《またび》をしていた。そこから、二|梃《ちょう》拾って日本橋へ走らせた。いつのまにか、空気が寒くひき締まって、降雪《ゆき》を思わせていた。

      二

 品川の八つ山下の茶店のおやじは、ふと立ちどまった、旅によごれた浪人風の壮漢《おとこ》が、腰掛けに腰かけもしないで、いきなり、江戸で人を捜すのだが、誰か顔のひろい人はないかときくので、おどろいていた。
 龍造寺主計という人は、こんなふうに、人を驚かしてばかりいるのだ。だから、人がおどろくのには、平気なのだ。
 立ちどまったついでに、ぽんぽんからだの塵埃《ごみ》をはたきながら、
「貴様は、物|識《し》りらしい面《つら》をしておるからきくのだ。江戸において交際《つきあい》のひろい人物がひとり、至急に入要である。名をいえ」
 茶店のおやじは、困ってしまった。きちがいかもしれないと思ったので、さからわないに限ると思った。
「物識りらしい面とは、こんな面がお眼にとまって恐れ入りましてございます。しかしお武家さま、江戸で、顔の広いお方と申しましても、どういうお方でございましょうか。侠客《おとこだて》の衆のようなお方でございましょうか」
「いや。町人仲間で、顔の売れている人物のところへたよって行きたいのだ」
「それはそれは。して、どのような御用でございましょうか、それによりましては、このおやじめが、どなたか思い出さないとも限りませんで、へえ。なにぶん、この掛け茶屋などと申す稼業《しょうばい》は、人の口が多うございまして、いろいろとまた、なが年小耳にはさんでおりまするで」
「よく申した。ぜひ一人思い出してくれい。用というのは、その人物を伝手《つて》にいたして、江戸で尋ね人をしようというのだ」
 ははあ、仇敵討《かたきう》ちかな、とおやじは思ったが、あまり立ち入ったことをいうと、危険なような気がしたので、黙っていた。それに、かたきうちにしては、相手のようすに、どことなくのんきすぎるところが見えるのだ。
 しかし、若いころから、仇敵をさがして全国を放浪して、山河のほこりにまみれて、もうどうでもよくなって、こうして江戸へはいって、申しわけに、その顔のひろい人に頼んで捜してもらいながら、自分は、こづかい銭をもらって、一生ぶらぶら遊ぼうという肚《はら》かもしれない。よくあるやつだ。じっさい、この香具師《やし》のように陽に焼けて、悪ずれのしたように見える、龍造寺主計には、そんなようなところが、見えるのだ。
 おやじは、めったなところを教えては、迷惑をかけるかもしれないと思った。
「はい。人をおさがしなさる。そのお人は、どういうお方でございましょうか」
「よく、いろんなことをきくやつだな。まず、蠅《はえ》だ。蠅のようなやつだ」
「あの、
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