何でもいいますよ」
「ははは、相変わらず元気で、面白いことをいいます」
 磯五は、すごい表情《かお》をして、お高をにらみ上げていた。お高は、平気なのだ。
「従妹とやらが、あまり元気では、お困りになることがございましょう。おあいにくさまみたようでございますねえ。面白くないことを、たんとしゃべり散らす従妹でございますからねえ」
「これ、お駒も来ておるのだ。長らく会わないが、覚えてはいるだろうな」
「これが、妹さんとかいう、お駒さんという女《ひと》でございますか。不思議でございますねえ。こんな人、見たこともございませんよ。妹さんがおありだということも、いまはじめて伺うことでございますよ」
「ははははは、いくつになっても、お前の茶目ぶりはなおらないとみえる。いよいよ面白い」
 お高は、このうえ長居は無用と思った。おせい様にだけ、かるく挨拶して、座敷を出て、帰路についた。かみつくような、挑戦的な磯五の視線が、お高のうしろ姿を追っていた。お高も、出がけに磯五に、応戦的な一瞥《いちべつ》をかえした。
 お高は、これで、磯五とすっかり敵になったことを知った。きょうから、あらためて、磯五という良人は、お高という妻の、正面の敵となったのだと、お高は思った。磯五も、そう思った。そしてそのあらそいは、ついに刃《やいば》に血を塗るところまで突き詰められなければならなかったのだ。
 お高が、小婢《こおんな》に送られて、おせい様の玄関を出ようとしていると、入れ違いに、おせい様と同じ年配の、やはり裕福な商家のおかみらしい、粋《いき》なつくりの女が、おせい様を訪れて来た。
「まあ、吉田屋《よしだや》のお内儀さま、おめずらしい。さあ、どうぞ――」
 小婢が、こましゃくれた口で、そういっていた。

      六

 おせい様とは大の仲よしの藁店《わらだな》の瀬戸物問屋吉田屋の内儀お民《たみ》だ、いつも来て、じぶんの家《うち》のように勝手を知っている家だ。案内も待たずに、奥へ通った。
 藁店の吉田屋は、おもてにも、瀬戸物一式をならべて売っている古い店だが、それより、諸大名のやしきへ、屋根瓦《やねがわら》などを手広く納めているので有名な家である。お民は、そこの家つきの女房で、おせい様とは、雑賀屋の旦那がまだ生きているころから、芝居などは必ず誘いあわしてきた、したしい友達なのだ。
 中庭にむかった小座敷では、おせい様と磯五とお駒のあいだに、これから、くつろいだはなしがはじまろうとしていた。磯五は、お高のことはいま話題に上《のぼ》さないほうがいいと考えて、しっきりなしにほかのことをいいだしていたが、心では、あのお高が何しにこのおせい様のところへやって来たのであろう、何を話して行ったのであろうと、それが、すくなからず気になっていた。
 おせい様は、磯五の顔を見て、お高によって一時植えられた疑念など、けろりと忘れて、酔ったように上きげんなのだ。お茶を呼ぶつもりで若やいだ態度で手をたたいたりした。
 その、手をたたく音を縁を進んでいたお民が聞いて、冗談好きのお民が、お茶屋の仲居をまねて、
「へえーい」
 と長く引っぱって答えると、近いところで、うちの者でない人の声がしたので、おせい様は誰のいたずらであろうと、びっくりした。そこへお民が、あいそよくはいって行った。
「お呼びでございますか。というところでございますね。こんちは」
「あらあら、まあまあ、吉田屋のお民さんじゃあありませんか」
 おせい様も、はしゃいだ声を出した。おせい様は、このお民に対してだけは、友達ずくに、すこし、ことばをくずすのだ。
「いやですよ。女中のまねなんぞしては、まあ、おはいりなさいよ。うちの人同様の人たちばかりですから、ちっとも構いませんよ」
 お民は、にこやかに笑ってはいって来て、すわった。お民は、お店の女房らしい、渋い、美しい年増だ。ふところから、紙にはさんだ煙管《きせる》を取り出して、手あぶりの火で、一服つけた。そして、
「いえね、あした早く発《た》って、旦那といっしょに伊万里《いまり》のほうへ年例の仕込みにゆきますからね、ちょっとこの前を通ったついでに、しばらくのお別れに寄ってみましたのさ」
 といいながら、なにげなくお駒のほうを見ると、あらと驚いたお民の手から、きせるが落ちた。
「おや! この人は――?」
 ぽかんと口をあけて、お駒とおせい様を、比較するように見た。
 お駒は、今お民がはいってきたときから、あおい顔をして、まごまごしていたのだ。おせい様が、吉田屋のお民さんじゃあありませんかといったときは、のけぞるほど、ぎっくりおどろいたようすで、あっと小さく叫んで、あわてて立ち上がろうとさえしたくらいだ。そこらへ、隠れでもするつもりだったのだろう。こまかくふるえ出したのを、磯五がきっと[#「き
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