へ返して、来新春《らいはる》また――。」
 吉良は、黙って起った。扇箱を、うしろの違い棚へ置いて、褥《しとね》へ返った。
「よいのがあるとか申したのう。」
「現れました。」
 いつもの吉良を見て、平茂は、羽織の裾をひろげながら、膝を進め出した。
「あちこち口を掛けておきましたところが、これも縁でございますな。いや、逸物《いちもつ》、尤物《ゆうぶつ》――なんぼ人形食いの殿様でも、これがお気に召しませんようでは、今後こういう御相談は、平茂、まっぴら御免、なんて、前置きが大変。」
「ううむ、どうしてくれよう。」
 急に吉良は、両手を握りしめてうつ向いたが、すぐ蒼白く笑って、
「美濃か。美濃か。はっはっは――そうさのう、伴《つ》れてまいれ、その女を。」

      二

 弊風《へいふう》、という字を、美濃守は、宙に書いては消していた。
 上野介が、三州吉良大浜で四千二百石を食《は》み、従四位少将の位にあるのは、殿中諸礼式の第一人者だからだった。そして、役目のなかには、もっぱらこの天奏饗応などに際して、慣れない役に当たった大名の面倒を見、万端手落ちのないように勤めさせることが、含まれていてい
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