いはずだった。
 それなのに、近年――贈るほうもおくるほうだが、うけとるほうも受け取るほうだ、と美濃守は、弛緩《しかん》しかけた幕政のあらわれの一つのように思えて、憂憤《ゆうふん》を禁じえなかった。
 個人的にも美濃守はあの吉良という人間に普段から、何かしら許しておけないものを感じてきていた。
 手違い、不便、吉良の手によって続けさまに、それらの障害が投げられるであろうことは承知の上で――と、美濃守は、ふたたび、弊風、それに、打破の二字を加えて、自分を鞭撻《べんたつ》するように、こころに大書した。
「兄者、お在室《いで》かな。」
 大声がして、縁の障子が開いた。辰馬が、荒あらしく踏みこんで来た。
 立ったままで、
「兄者、聞こう! 公卿相手の茶坊主ごときやつに抗《さから》って、先祖代々の家をつぶして何が面白い――。」
 振りあおいだ美濃守の片面に、燭台の火が、辰馬の持って来た廊下からの風にあおられて、黄色く息づいた。
「賢才ぶったことをいうな。」
 といった兄には、やはり、ちょっと兄らしい重みがあった。その偉躯《いく》とともに、武芸家として、また、世事に通じた大名らしくない大名として、
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