平常辰馬の尊敬している兄でもあった。
 それだけに、今度の、事を好むような態度が、いっそう不思議でならなかった。
「やるものをやらんと、意地悪をしますぞ、兄者。」
 どかりと、坐った。
「わざとうそ[#「うそ」に傍点]を教えて役儀に不都合をきたさしめ、それとなく賄賂を催促するということです――。」
「賄賂の督促など、おれには馬の耳に念仏だよ。何もやらんのではない。久野に命じて、四十五文の扇箱をやった。」
「師匠番ですぞ。いくらか風にならって――。」
 美濃守は、大きな声を出した。
「吉良には、頼まん。」
「兄者は、殿上の扱いをすべて御存じか。」
「自慢じゃないが、何も知らんよ。しかし、先例というものがある。」
「先例はあっても、時に応じて変ることもあります。」
「そんなら、そのときのことだ。」
「万一、粗忽《そこつ》があったらどうなさる。」
「おれ一人が、責任を持ったらいいだろう。」
「お一人ではすみません。お家を、お郷藩《くに》を――。」
「なんじゃ、賢《さか》しらな! 肩をそびやかして詰め寄って――。」
 美濃守が、いつものようにぬうっ[#「ぬうっ」に傍点]としているので、辰馬は、
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