こら逃げて来ましたわい。まったく、あとが怖い。憎い鷹《たか》には餌をやれで、例の天瓜冬の三百か五百――先方《さき》もあてにしているんですなあ。」
「それだけ知っていて、なぜやらぬ。」
「殿様の御気性《ごきしょう》を御存じでしょう――。」
納戸役の北が、腕組みをして溜息を吐いた。
十寸見が、乗り出した。
「立花様のほうへ、それとなく伺ってみました。添役だから、内輪《うちわ》にして百両――だいたいそんなところだったらしい。」
「そうだろう。添役で百両《いっそく》なら、本役の当家は、やっぱり、五百という見当だ。そこを、扇箱|一個《ひとつ》なんて、間抜けめ! 吉良のやつ、今ごろかんかんだぞ。」
三人は無言だった。
「訊いてくる。」
辰馬が、膝に手を突っ張って、起き上りかけた。
「ちょっと、お待ちを――。」
「停めるな。泉州岸和田五万三千石と、一時の下《くだ》らぬ強情《ごうじょう》と、どっちが大切か、兄貴にきいてくるのだ。」
歩き出すと、久野が、追いすがった。
「しかし、殿様はもう、吉良殿と一喧嘩なさるおつもりで、気が立っておられますから――。」
「その前に、おれが兄貴と喧嘩する。金で
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