良は、不愉快な感情のやり場がなくて、孫三郎をきめつけていた。
「扇箱一つで、殿中引廻し、か。虫のいい! これ、進物の額《たか》をいうのではない。が、ものには順があるぞ、順が。」
蒼ざめた吉良の顔に、無礼を愛嬌にしている、幇間のような平茂も飽気《あっけ》に取られた。
三
「相手が悪いから、心配するのだ。」
辰馬《たつま》は、江戸ふうの青年だけに、めっきり浪人めいて来ていた。
大きな胡坐《あぐら》をかいて、御用部屋の壁によりかかった。
吉良へ扇箱を届けて帰邸《かえ》ってきた久野彦七も納戸《なんど》役人の北|鏡蔵《きょうぞう》も金奉行の十寸見《ますみ》兵九郎も黙っていた。
岡部辰馬は、岡部美濃守の弟だった。分家してぶらぶらしていたが、兄が勅使取持役を受けてからは、ほとんどこの屋敷に詰めきりだった。
「まずかったかな。」と、口をへの字にして、もう一度老人たちを見まわした。「誰が扇箱などを持って行けといったのだ。まるで、からかうようなものじゃないか。いい年寄りが多勢揃っていて――。」
久野彦七は、汗をかいていた。
「いやはや、子供の使いでしたよ。あの扇箱を置いて、すた
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