。添役が、そんなにせんでもええに。本役の岡部殿からは、この扇箱ひとつ――ふふふ、二重底であろう。見い。」
孫三郎は、箱を手に取って、弄《いじく》りまわした。
「ただの扇箱で――。」
「使いの者は?」
「何とか申す用人でございました。逃ぐるように引き取りましたが――。」
「口上をきいておるのだ、口上を。」
「口上は、その、このたび、岡部美濃守様が天奏饗応役を仰せつけられましたについて、殿中よろしくお引廻しのほどを、という――。」
骨張った吉良の額に、太い青筋がはってきて、
「よい。嘲弄《ちょうろう》する気であろう、この上野を。」
と、口びるを白くした時、襖をあけて、平手で頭を叩いた者があった。
「へっ、殿様、御機嫌伺い。」
お錠口御免の出入りの小間物屋だった。平野屋茂吉が、ずかずかはいってきていた。
「一大事|出来《しゅったい》。平茂《ひらも》、御注進に。じつぁね、例の女の子、行火《あんか》がわりの、へへへ、賞《ほ》めてやっていただきやしょう。見ただけで、ぶるるとくるようなやつが、殿様、みつかりやしたんで。」
平茂に、新しい妾の周旋《せわ》を頼んであったことを思い出しながら、吉
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