てわかっておる。その扇箱がどうしたというのだ。」
鍛冶橋《かじばし》内の吉良《きら》の邸で、不機嫌な顔を据えた上野介の前に、扇箱が一つ、ちょこなんと置いてあった。
年玉などに使う、八丈を貼った一本入れの、粗末なものだった。空箱で、竹串がはいっていて振るとがらがら音がした。高価《たか》く踏んで、四十五文か、精ぜい五十文の物だった。
「立花出雲は、添役じゃぞ。」吉良は、漆《うるし》のように黒く光る眼を、いそがしく瞬《またた》いた。「孫三、出雲から、何がまいったとやらいうたのう――。」
「は。天瓜冬の砂糖漬、鯛一折、その他国産色いろ――。」
「砂糖漬には――これだけとか申したな?」
ちょっと逡巡《ためら》ったのち、上野は、人さし指を一本立てて見せた。百両《ひとつ》の意味だった。
珍奇な、天瓜冬の砂糖菓子に小判を潜めて、賄賂《まいない》を贈る風習だった。天瓜冬の砂糖漬といえば、やるほうにも貰うほうにも、菓子のあいだに相当の現金《もの》が挾《はさ》めてある、無言の了解があった。
孫三郎も閃めくように指一本出してうなずいた。
扇箱を顎でさして、吉良が、呻《うめ》いていた。
「気の毒だな
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