ありたい。上野《こうずけ》がすべて心得おるから、あれに尋ねたなら勤まらぬことはあるまいと思われるが――。」
と、眼を苦笑させて、ちらと岡部美濃守を見た。
そういわれると、それでもつとまらないとはいえないのだった。
「さようならば――。」
無理往生だった。出雲守は、仕方なしに、引き受けないわけにはいかなかった。
「身に余る栄誉――。」
と小さな声だった。が、相模守の眼を受けた岡部美濃守は、口を歪めて、微笑していた。
「お受けいたします。なに吉良殿などに訊《き》くことはありません。私は、私一個の平常の心掛けだけでやりとおす考えです。」
どさり、と、重く、畳に両手をついて、横を向くようなおじぎをした。
二
上野介《こうずけのすけ》は、無意識に、冷えた茶をふくんだのに気がついた。吐き出したかったが、吐き出すかわりに、ごくりと飲み下して眉根を寄せた。
「何だ、これは――何だと訊いておるに、なぜ返事をせんか。」
すこし離れて、公用人の左右田《そうだ》孫三郎が、頸《くび》すじを撫でながら、主人を見上げた。
「御覧のとおり、扇箱《おうぎばこ》でございます。」
「扇箱は、見
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