扇工は、その、指南書のさきを読みつづけた。
「大理石の様模《はだ》をあたうるには、随意《おもう》ところの一色を塗り、これに脈理を施して天然のものに擬《まぎら》し、後に落古《ラッカ》を被《き》せて艶《つや》出しするを善《よし》とす――。」
 そして、この式にしたがって、扇の骨に加工しているのだった。
 それができ上れば、吉良の意に任す――それまでは、枕を交《かわ》すことはできない、と、糸重が、難題として、吉良に持ちかけた扇子なのだった。
 風流人をもって自ら許している吉良だった。この糸重の申し出を、面白い――と笑って、さっそく御影堂へ注文しないわけにはいかなかった。
 義兄美濃守が、無事に饗応役を果すまで――それまでにでき上らない扇でさえあれば、何でもよかった。なるたけ時日の費《かか》りそうな、むずかしい扇を、でたらめに考え出した。扇が、例の扇箱に納められて、吉良から下げられない前に、美濃守は、役目を解かれるに相違なかった。そうすれば、糸重は、そっと吉良から脱けて、元のままのからだで辰馬の許へ帰れるはずだった。
 吉良は、この扇のことを、女との交渉のまえの、ちょっとした遊戯として、
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