、お出迎えなされます。」
「うむ。それで?」
「その節、吉良は、高家筆頭の格式でお掛縁《かけえん》とやらまで出ますそうでございますが、兄上さまと立花様は、本座に――。」
「本座――ではわからぬ。どこだ、本座と申すのは。」
「何でも、おひき出しと申す場所だと――。」
「よし。お抽斗《ひきだし》だな。」
去りかけた辰馬が、引っかえしてきて、
「扇は、は、ははははは、まだであろうな。」
「はい。まだでございます。でも、もうすぐ――危のうございますので、変り骨だけでは心細いと、あとから、いま一つ、難題を加えてやりました。吉良の知行、下野の稲葉の里に、親抱きの松というのがございまして、常から吉良が自慢にいたしております。いつぞや順礼がその松の下で相果てましたので、土地の者が、葬いのしるしに、それなる老木の傍に若松を一本植えましたところが、小松が枝を伸ばして、親松の幹を押さえましたそうで――さながら枝で支えようとしております恰好から、吉良が命名《なづ》けまして親抱きの松と呼んでおります。これから考えつきまして、扇面いっぱいに、三万三千三百三十三の松の絵を、梨地蒔絵《なしじまきえ》で、幸阿弥《こうあみ》風に――面倒な注文でございますが、御影堂では、夜も昼も、職人から主人からかかりきりで、それもやがて、仕上げに近いと聞きましてございます。心配でございますが、どうすることもならず――。」
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一
お白書院《しろしょいん》に、飾りつけができていた。
大広間上席、帝鑑の間、柳の間、雁の間、菊の間と、相役が席についた。
静寂が、城中に渡って、柳原大納言、正親町《おおぎまち》中納言、甘露寺《かんろじ》中納言の三卿が、お上りという時だった。
服装のことなど、教えてないはずだから、場違いの長裃《ながかみしも》でも着けていはしまいか――そうだと面白いのだが、と、吉良が、美濃守の姿を求めると、立派に大紋烏帽子だった。
吉良は、拍子抜けがして、美濃守が前へ来ても、このあいだからのように、何か一こと敵意を示してやるだけの気にも、なれなかった。
口を切ったのは、美濃守だった。
「御次第書とかいうものがあろうかの。見せられい。」
横柄《おうへい》なことばつきになっていた。
吉良は、無言で、相手を凝視《みつ》めた。
「おい、御次第書は、どうした。ないのか。本役の美濃である。一応、眼を通しておかなければ、不都合だ。さし出すがよい。」
眼に見えて、吉良は、ふるえてきた。
「ござらぬ。」
「紛失いたしたな。」
「いや、持っておる。が、このほうは高家筆頭じゃ。わしが見ておれば、それで充分。お手前に関係したことではない。」
「なに、御饗応のお次第書が、本役のおれの知ったことではないと――。」
吉良は、生えぎわに汗を見せて、
「まあさ、そう大きな声をされんでも――今にも天奏衆がお着きになる。その銅鑼声《どらごえ》がお耳にはいっては、おそれ多い。」
が、美濃守は、たたみかけるように、
「御老中連名のお次第書だ。天奏衆御出発の用意等、出ておるであろう。こちらから老中へ返納いたす。出せ!」
どうして、お次第書などというものがあることを、この美濃は知っているのだろう――吉良は、相手になるまいとした。
美濃守は、にやりとして、
「これだけの心得がなくて、本役をお受けできるか――勅使両山御霊屋へ御参詣、お目付お徒士頭《かちがしら》が出る。定例じゃぞ。十三日が、天奏衆御馳走のお能。高砂《たかさご》に、三番叟《さんばそう》。名人鷺太夫がつとめる。御三家、老若譜代大名、諸番がしら、物頭、お医師まで拝観、とある。おぼえておけ。」
吉良は、死人のような顔いろになって、美濃守を白眼《にら》んで立った。
二
「や、どうも、おっそろしく混みいった注文だったもんで、すっかり手間を食っちゃいましたが、やっとできましたよ。」
京都の御影堂本家の主人は、店に、本尊|法然《ほうねん》の像をまつって、時宗だったから、僧形で妻帯していたが、円頂で扇をつくって京の名物男だった。
それに、負けず劣らずだった、江戸の御影堂は、坊主ではなかったが、口の荒い職人膚だった。やはり、一風かわった人物だった。
辰馬が、吉良家から来たといって、でき上った扇を受け取りに行くと、奥の、手文庫のようなものから、自分で出してきた。
手のうえに置いて、離すのが惜しいといったように、惚《ほ》れぼれと眺めた。
辰馬は、屋敷侍らしい着つけで来ていた。口も、そんなようにきいて、
「いかさま、見事――眼の果報じゃ。」
「なにしろ、凝ってこって凝り抜いたもんでわしょう? どうですい、この扇骨《ほね》の色は。十本物だが、磨きは、自慢じゃあねえが、蘭法でも、ちょいと新しい式でね
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