っている。この三馬などが相当に大きな顔をしているのだから合巻読み物の世界はじつに下らない容易いところだ。今この自分、六樹園石川雅望が、このありあまる国学の薀蓄《うんちく》を傾けて敵討物を書けばどんなに受けるかしれない。大衆は低級なものだ。他愛ないものだ。拍手喝采《はくしゅかっさい》するであろう。自分の職場を荒らされて、この三馬などはどんな顔をするだろう。それを見たいものだ。一つ敵討物を書いてやろう。六樹園はそう思いつくと同時に、はたと膝を打った。眼を輝かして乗り出した。
「式亭どの。私もひとつ敵討ものを書いてみようかと思いますが。」
「それは結構なことで。ぜひ一つ、拝見いたしたいものでげす。」
 三馬は興なげに答えた。

      三

 国学者の自分が今|時花《はやり》の敵討物に乗り出して大当りを取りこの三馬をはじめ、いい気になっている巷間の戯作者どもをあっ[#「あっ」に傍点]と言わせて狼狽させ、一泡吹せてやることを思うと、六樹園はその痛快さに、本領である源注余滴《げんちゅうよてき》や雅言集覧《がげんしゅうらん》の著作狂歌などに対するとは全然別な、それこそ仇敵討ちのような興奮を覚え
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