無邪気なほど三馬は得意気にそう言った。西宮というのは本材木町一丁目西宮新六という書舗であった。三馬の口から共鳴を得ようと思っていた六樹園は失望してその嬉しそうな三馬の顔を侮蔑をこめて見つめた。
「それに味を占めて敵討物はその後も二、三物しやした。箱根|霊験蹇仇討《れいげんいざりのあだうち》、有田唄《ありたうた》お猿仇討、それから二人禿対仇討《ふたりかむろついのあだうち》、鬼児島誉仇討《おにこじまほまれのあだうち》、敵討宿六娘、ただいまは力競稚敵討《ちからくらべおさなかたきうち》てえ八巻物を書いておりやす。」
「ほほう、それでは宇田川町にもあえて劣りますまい。お盛んなことで。」
と六樹園は皮肉を含ませて言ったが三馬にはそれが通じたのか通じないのかすまして答えた。
「なに、それほどでもげえせん。」
そのまったく世界の違った三馬のようすを見ているうちに、一つの素晴しい考えが六樹園の頭に来た。
こんな無学な、文学的教養のない式亭輩が興に乗じて一夜に何十枚となく書き飛ばして、それで当りを取るような敵討物である。それほど大衆の程度が低いのだ。何の用意もなく思いつき一つで造作もなく書けるにきま
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