と十郎兵衛も負けてはいない。が、一歩譲る気になって、
「しかし――何じゃ?」
「しかし、」甚吾がつづける。「しかし、刃文《もよう》と言い、さまで古からぬ切込みのあんばいと言い、何とあってもここは粟田口、しかも国光あたりと踏むが、まず恰好と存ずる。」
しきりに難かしい論判をしている。
寛永三年春。さくらも今日明日が見ごろというある日の午後だ。
鉄砲洲《てっぽうず》の蔵屋敷に、尾州家江戸詰めの藩士が、友だちだけ寄りあって、刀剣|眼利《めきき》の会を開いている。人斬庖丁を中にお国者が眼に角を立てるんだから、この席上に間違いの端を発したのも、あながちいわれがないでもない。
戦国の余風を受けて殺伐な世だ。そこへ持ってきて、武士の生活《くらし》にようやく落着きと余裕ができかけているから、ちょっぴり風流気もまじって、多勢集まって刀を捻くって、たがいに鑑定眼を誇りあうことが流行《はや》る。これへ顔を出すことは、武士のたしなみの一つとさえなっていた。
今日の会主は本阿弥長職派《ほんあみちょうしょくは》にゆかりのある藩中の老人。さっきから皆がちらちら[#「ちらちら」に傍点]と視線を送っている胡
前へ
次へ
全18ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
林 不忘 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング